冷蔵庫の中のジャム。常にフレッシュな状態で食べ切りたいところですが、つい忘れて「食べかけのまま古くなって…」となりがちです。
しかもわが家は、旬の豊かな山暮らし。引っ越してきて以来、季節の果物でジャムを作る機会も格段に増えました。いちご、さくらんぼ、あんず、ヤマモモ、完熟梅、プラム、ブラックベリー、ブルーベリー、いちじく、栗、ゆず、花梨、ブシュカン、キウイ、文旦、八朔…。四季を通じて、色とりどりのジャムが作れるのは幸せ以外の何物でもありませんが、さすがに1年に15瓶もジャムは食べないかな……ということで、時には消費が追いつかなくなることも。
以前は「せっかく作ったのにもったいない!」と、必死に食べたり(←体によくない)、ジャムタルトに焼き込んだりしていましたが、ジャムタルトって、たまに食べる分には魅力的なんですが、ダイレクトに「ジャム!」の味なので、続くと飽きるんですね。
―――と思っていたら、はちみつを切らしてしまいました。
目次
▶はちみつはとびきりの貴重品
ここ高知の山麓では、はちみつもローカルです。地元で採れたニホンミツバチのおいしい蜜を、近所の直売で買ったり、最近ではお隣さんから巣ごとおすそ分けいただいたり、幸せなはちみつ生活を送っています(わが家の庭にも巣箱を置いているのですが、いまだ蜂が入居してくれず…)。
その分、「貴重さ」も実感されて、「なくなったらすぐに買い足せばいい」と言うよりは、「ある分を大切にいただく」という感覚にシフトしてきました。 「直売なら値段も安いのでは?」と思われるかもしれませんが(実際、首都圏ならもっと高価なのかもしれませんが)、ニホンミツバチの地蜜は存在自体が高級品(1匹のハチが一生かけて集める蜜の量はわずか小さじ1杯ほどとか?)。直売でも「数千円~1万円」という金額なので、もはや「常備常用」という感じからは卒業しつつあります。
「それもまた良し…」とは言え、唯一困るのは、はちみつを使ったお菓子が作りにくくなったこと。大抵はほかの甘味料でも代用できますが、中には「絶対にはちみつでなければならないお菓子」というのも存在します。たとえば、大好きなパンデピス。「パンデピスがない人生は嫌だな…。市販のはちみつ、やっぱり思い切って買おうか??」とぐずぐず考えていたら、思いついてしまったのです ―― 「余ったジャムをはちみつの代わりに使えばよいではないか!」と。
▶ジャムもはちみつも同じ甘味料!
パンデピスは、はちみつとアニスの香るフランスの素朴なお菓子 (詳しくはこちら) 。冬のフランスの風物詩的存在で、クリスマスが近づくとパン屋や市場にずらりと並ぶのですが、これがまた生涯忘れられないおいしさ(※いや、フランスのパンデピスは、実際には甘すぎたり、ボソボソだったりして、ついぞ「本当においしいパンデピス」に出会ったことはないのですが、この「はちみつ×アニス×素朴な食感」には、「実際の味」を凌駕する形而上的魅力があるのです)。甘いパウンドケーキ状で、そのままおやつとしてつまむほか、フォワグラやチーズなど、食事と合わせて食べられることも多いです。
このパンデピス。小麦(ライ麦)とはちみつがほぼ同量という、究極の「はちみつ菓子」です。バターを入れるタイプ、卵を使うタイプなど、フランス全土に様々なバリエーションがありますが、最も素朴なタイプは、材料が「ライ麦とはちみつと重曹とスパイスと水だけ」という潔さ。これをはちみつ以外で作るのはさすがに…と思うところではありますが、「はちみつ」とは、つまるところ「糖度×粘度」。ジャムならペクチン豊富で、ちょうどいい代用になりそうです。さすがに「はちみつの香り」にはならないだろうけど、ミックスジャムの複雑な香りも、もしかしたら負けない深みを醸してくれるかもしれません…!?
▶「余りジャムのパンデピス」大成功
思い立ったが吉日。さっそくはちみつの代わりに余りジャム6種(いちじく、あんず、花梨、ヤマモモ、ブラックベリー、ゆず)をランダムに混ぜ入れた「はちみつゼロのパンデピス」を焼いてみました。結果は、上の写真のとおり大成功。期待どおり、ジャムのしっとり感があり、フルーツの存在感も出ていて、もちろんはちみつバージョンとまったく同じではないかもしれないけれど、「わざわざ花の香りのはちみつを買うまでもないよね…」という十分満足の出来でした。
せっかくなので、↑リンクにある「5種類の材料しか使わないランス風のパンデピス」のジャムバージョンも試作してみました。
- 水170g
- 余りジャム250g
- ライ麦粉250g
- 砂糖50g
- 重曹5g
- スパイス3-5g(アニス、シナモン、ジンジャー、ナツメグ、クローブ、カルダモンなど)
<手順>
水を温め、ジャムを溶かす(←元レシピはハチミツなので、わざわざ溶かしてますが、ジャムなら溶かす必要もあまりないかも…)。ライ麦粉と砂糖と重曹とスパイスを混ぜ、そこに少しずつ「ジャム+水」をへらで混ぜ入れる。150℃の低温で50-60分。<以上!>
ライ麦粉とジャムと重曹と水を混ぜて焼くだけで、ちゃんと立派な郷土菓子風になるんだな~と感動。シンプルさは魅力なので、今後、こちらに乗り換えようかと本気で考えているところです。
▶ゼロウェイスト・ベーキングの大きな価値
ここ数年の懸案だった「余らせがちなジャム」の決定的活用法が見つかり、大満足の自分です。大好きなパンデピス1本につき、ジャムを250gも投入できるので、わが家はこれからもう一生、「余りジャム」を持て余す心配はありません(逆に足りないかもしれないくらい)。
これはまさしくゼロウェイスト。 そこにあるのは、単に「無駄を減らせる」という節約じみたメリットだけではありません。「あるものを生かして作る」→「結果的に一期一会のオリジナルなお菓子ができ上がる」という大きな大きな価値がついてきます。
情報も、レシピも、お菓子も、すべてがあふれている現代。私たちはある意味「どんなお菓子だって作れる」という大きな自由を手にしています。反面、「何だって作れる」がゆえに、「作ることの必然」や、「作れることの貴重さ」は失われつつあるかもしれない。材料を買って、レシピを見れば、誰だって同じようにおいしいものが作れてしまうからです。大げさかもしれませんが、「今、自分という人間がここに生きて、このお菓子を作る」という意味が希薄になりつつあるのです。
そんな中、ゼロウェイスト・ベーキングは、私たちにオリジナリティや存在価値を取り戻してくれる重要な存在とも言えます。しかも、「わざわざ材料を手づくりする」(=つまり手間の増大)ではなく、「余ったものの活用」ですから、こんな都合のよいことはありません。
自分自身の営みが自然に意味を放ち始める「残り物ベーキング」。エコのためにも、そして、自分自身のためにも。ますます自由に、無理なくお菓子を作っていきたいと、世界のどこにもないミックスジャムのノーハチミツパンデピスを食べながら、ひとり思うのでした。